障害のある人が地域社会で暮らすグループホームやケアホーム設置を巡る反対運動が起きて、計画断念に追い込まれるケースが、今全国で相次いでいます。
「ノーマライゼーション」の理念に基づき、施設などで暮らす障害者に地域のホームに移って生活してもらう「地域生活移行」が進む一方で、なぜこうした問題が起きるのか。どうすれば障害のある人とない人が共に地域で暮らしていけるのか。水戸放送局の井上登志子記者が取材しました。
ホームが建てられない
東京・文京区小石川にある障害者のグループホームの建設予定地では、2年余り前に計画が持ち上がってから一部の住民が反対運動を続けています。建設予定地の周辺には今も「障害者施設建設反対」と書かれたのぼり旗が立ち並んでいます。この場所には文京区出身の障害者10人が暮らすグループホームが建設される予定です。
ホームを建設する社会福祉法人の江澤嘉男施設長は、「障害のある方たちが地域の住民の方と普通に交わって、地域の中の一市民として認めてもらえるためにも、このグループホームができあがることがわれわれにとって悲願です」と話しています。
しかし文京区が開いた説明会では、建設に反対する住民から障害者への不安や嫌悪感を示す発言が相次ぎました。
説明会の議事録には反対する住民たちの発言が記されています。
「女性の後をつけ回したりしないか」「ギャーとか、動物的な声が聞こえる」「(地価など)資産価値が下がる」
こうしたグループホームへの反対運動は、今、全国各地で起きています。
対話を重ねても双方が折り合えないケースもあります。文京区も、説明会を何度も開きましたが反対派の住民たちは、計画の白紙撤回を求め続けています。NHKの取材に対して周辺の道路が狭いことなどを反対の理由に挙げ、「住民説明会は単に形を繕うだけのものだ」としています。
反対派住民との関係は今もこう着状態に陥ったままで、文京区障害福祉課の渡邊了課長も「やはりまだまだ障害者への理解が進んでいません、地域において十分浸透していないということを痛感します」と話しています。
対立より「賛成派」を増やす
一方で、茨城県牛久市には反対運動を乗り越えて、3年前に建設されたケアホームがあります。
このホームでは、知的障害のある20代から40代までの男性4人が暮らしています。
ホームを運営するNPOの秦靖枝さんは、反対運動が続くなかで周辺住民との交渉に中心となってあたってきました。秦さんによると、当時、ホームの建設に反対した人のほとんどが、障害者と身近に接したことがない人たちだったといいます。
住民説明会では、反対する住民の1人が「インターネットで集めた障害者の問題行動の事例だ」とする資料を持参して、会場で配布したということです。
当時の資料を見ながら秦さんは、「インターネットですごくいろいろ出るんです。『突然に突き飛ばす』とか『たたく』とか。不安感とか分からないことに対する恐怖心、それがどんどん悪い方にエスカレートしていくんだと思うんです」と話してくれました。
周辺住民の不安を取り除くには知ってもらうしかないと、秦さんたちは説明会を繰り返すとともに、入居予定者一人一人のプロフィールを紹介する書類を作り、入居予定者本人と一緒に近所を回りました。そのうちに反対する人は減っていき、最後は数人だけになりました。
秦さんは「反対してる人は、数はそんなに多くはないんですが声が大きい。だからとにかく説明をして分かっていただいて、反対している人と戦うのでなく賛成している人を増やそうとした」と回想します。
牛久市のケアホームでは、今では入居者が回覧板を届けるなど、近所の人との間に自然なつきあいが生まれています。近所の人も「障害者というと『見た目もだらしない』という目で見てたんじゃないかと思うんです。でもそれが、普通の人と変わらないでしょ。『お隣の人が来てくれた、あー、ご苦労さま』というのと同じですよね」と笑顔で話していました。
入居者の1人、今野寛也さん(25)は、このホームに住むようになって初めて料理を覚え、仲間と共に自立した生活を送っています。生活が軌道に乗り、地域で暮らす住民としての自覚も芽生えてきました。
今野さんはホームを代表して地域の避難訓練にも参加しました。災害のときには高齢化が進むこの地域の助けになりたいと考えています。ホームがある地区の代表の男性も「『地域の一員』という気持ちだから参加してくれてるんじゃないかなと思っているんです。僕らは障害者とか何とか、そういう思いはないんでね、普通にふだんにつきあってるつもりです」と話しています。
反対が目立つのは「新興住宅地」
この牛久のケースのように、ホームを運営する側が懸命に努力して、地域の一員として普通に交流ができるようになったところがある一方、今なお、周辺住民の理解を得られず難航しているケースもあります。こうしたグループホームへの反対運動は「施設コンフリクト」と呼ばれ、NHKが全国の都道府県と政令指定都市の担当者に聞いたところ、この5年間で少なくとも58件の反対運動が発生しているということでした。
また、障害がある人の2つの家族会に聞いてもその件数は合わせて60件に上るということでした。つまり自治体、家族会のどちらに聞いても60件程度の反対運動を把握しているということです。このうち家族会が把握している60件の反対運動のうち、設置を断念したり予定地を変更せざるを得なかったりしたケースは36件に上っていました。
施設コンフリクトについて研究している大阪市立大学の野村恭代准教授は、「こうした反対運動は古くからの住宅街よりも新興住宅街で、より多く確認されています。新興住宅街は、障害者と接する機会が比較的少ない若い世代が多く、こうした人たちが“障害者は怖いのではないか”という判断をする傾向が強いためだと考えられます」としています。
こうした状況を解決しようという動きも出てきています。去年6月、「障害者差別解消法」が成立しました。障害者への差別を解消する責任は国や自治体にある、と明確に定めた法律です。法律では、国や自治体が差別による紛争を防止し、解決を図るために体制を整備するよう求めていて、ホームを設置しようとする事業者にとって、大きな後押しとなるものです。
野村准教授は「私が行った調査でも、事業者だけに任せて施設コンフリクトがこれまで解消したというケースは非常に少ないので、行政が積極的に介入していくことが必要だと思います」と話しています。
自治体が橋渡し役を
障害者差別解消法の趣旨にのっとって、実際に自治体が前面に立って周辺住民との交渉にあたり、事業者と共に設置を進めているケースもあります。
神戸市須磨区にある県営住宅には、知的障害のある20代から40代の女性6人が暮らすグループホームがあります。入居者はそれぞれが個室を持ち、自立して生活しながら地域に溶け込んで暮らしています。
入居者の1人の岩田幸子さんは、「ホームでの生活は楽しい」と話し、近所の人との関係について「ここに住んでいる人はみんなすごく優しいです。毎日出会ったときは挨拶しています」と。
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